専門俳人を目指しています。俳句評論執筆のための文章修練、及び俳句実作。厳しい批評をお待ちしております。

# 二十四節気俳句生活

# 蜜蜂と遠雷


恩田陸は「本屋大賞」二度目の受賞(1位)だそうである。
前の受賞作『夜のピクニック』はあまり感心しなかったので、この作者の作品はあまり読んだことがなかったが、本作は直木賞を獲ったこともあり、予備知識ゼロで読んでみた。

500ページを超える大著で、しかも2段組で活字も小さい。読むのが遅い私には苦行のようなものだが、気合を入れて読み始めた。

冒頭から、ピアノコンクールの募集要項と、4人の応募者(コンテスタント)の演奏プログラムが提示される。
そして、書類選考(現在ではDVD選考になっているようだ)に落ちた応募者による、敗者復活オーディションの場面から物語は始まる。

読みやすく、ぐいぐい物語に引き込まれた。応募者と、審査員を含めた周囲の人々の群像劇として物語は進む。舞台のモデルは浜松国際ピアノコンクール(次回は来年開催である)だそうで、作者は3年に一度のこのコンクールを複数回取材して、この物語を書き上げたそうで、細部までリアルである。

私はクラシック音楽の素養がないので、時々立ち止まってYoutubeで曲目を確認しながら読み進めた。

8年に渡る連載をまとめたものであるとのことで、若干矛盾(二次予選での曲間での拍手の可否について、P216とP285では逆に書かれている)もあったが、大いに楽しめた。
私もたまにはクラシックをホールで聴いてみたいと思った。

若い美男美女が登場することもあり、映像(映画・ドラマ)化されるのではないか。

★★★★★
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テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学

# 最近の読書

 
一時期、この手の本を色々と読んでいた。

そう、子供たちの中学受験を考えていたのである。

そんな子供たちも、上は中学二年、下は小四だが塾には行っていないので、今さら必要ないのだが、単純に楽しみとしてこの手の本は時々読んでいる。

私は自分の素質と努力が足らなかったことを棚に上げて、学業不振だった原因を田舎の公教育に求めているフシがあり、だからといってあの当時、中学受験など想像もしなかったが、もし人生をやり直せるなら、家から開成に通えるわけではないので、親に無理を言ってラ・サールを受けさせてもらって、合格したら鹿児島で寮生活でもしていたら人生今とは変わっていただろうな、、、なんて夢想していたりしている。


『男子御三家 なぜ一流が育つのか』 おおたとしまさ

★★★★★
「男子御三家」とは開成・麻布・武蔵。
開成・灘・ラサールではなく都内の三校をいう。
ちなみに都内の「女子御三家」は桜蔭(豊田真由子の母校だ)・女子学院・雙葉。
実は、近年東大合格者数がいまいちパッとしない武蔵がどうして入っているのか疑問だったが、この本を読んで理由がわかり、武蔵ファンにもなってしまった。小一の甥っ子がいるので勧めてみようかと思う(幸い通学圏内に住んでいる)。

同じ著者のこの本↓も、読んでみようと思っている。



それからこんな本も読んだ。

『神童は大人になってどうなったのか』小林哲夫

★★☆☆☆
最初に日銀総裁・黒田東彦が出て来る。その他数人の逸話などが語られるが、途中からネタ切れになるのか、単なる成績優秀者の話となる。
夭折した数学者・長尾健太郎のことなど書かれていたのは良かったが。

# 天保水滸伝



清水次郎長、国定忠治、大前田英五郎、、、江戸時代の侠客と言えば千葉では笹川の繁蔵である。
小学生の頃、剣道をやっていて、先生方がよく平手造酒の話をしてくれた。
とはいえ、詳しい話はよく知らない。

戦後、映画が多く作られたようだが、元は浪曲や講談で人気になったようだ。
浪曲なんて聞いたこともなかったが、今では玉川勝太郎だって何だってYouTubeで何でも聴ける。

折角なのでどんなお話だったのかちゃんと知ろうと、割と新しい小説版を読んでみた。

史実をなぞりながら、大胆な脚色もなされている。
例えば、座頭市と平手造酒が旧知の仲であった、など。(座頭市のモデルは実在したようだが、盲目の侠客だったというだけで居合の名人などではなかったようだ)
また、悪役の飯岡助五郎がそれなりに好漢に描かれている。


★★★☆☆
史実とはかなり違うようだったが読み物としてはとても面白かった。

# 黒崎政男 「哲学者クロサキの哲学超入門」



何気なく読み始めた本書、エッセイ調の軽い読み物であるが、読み進めて行くと俳句についての記述があった。

「ネット社会をテツガクする」との章で、インターネットから人工知能(AI)に話が進んだところで「俳句生成ソフト」の話が出てきた。
この俳句生成ソフトで作られた俳句の「作者は誰か」という哲学的(?)な問いがなされ、

「作者の思いを読み取っているつもりだが、実は、我々読み手の側が作者を作り上げ、自分の経験や思いを投げ入れて、作者の心情だと思いこんでいるのではないか」

という仮説が提示される。つまり、俳句を作ったのが人間であろうとソフトであろうと関係なく、読み手こそが作者である、ということである。

俳句の世界ではよく、「俳句は活字になったら読者のもの」「作り手の意図と違う解釈がなされても作者は異を唱えることはできず、むしろ新しい読みの発見に感謝すべき」などと言われるが、同じことである。

本書の著者がこのような考えに至ったのは、おそらく俳句に造詣が深いためと思われる。

鑑みるに、俳句の場合、囲碁や将棋のようにソフトが人間に「勝つ」ということはあり得ない。
例えば、ソフトが作った膨大な句の中から選句して一冊の句集にまとめて、それが蛇笏賞受賞の句集と比べてどうかという対比は出来るかもしれないが、上記の論で行くと「読み手があってこそ」の俳句であり、読み手が人間である限り人工知能は同じ土俵では闘えない。
たとえ、作句だけではなく「選句する」ソフトが開発されたとしても、最終的にそれを評価するのは人間だからである。

とはいえ、私ぐらいでは作句力はすぐに人工知能に抜かされそうだ。

★★★☆☆

# 佐藤正午「月の満ち欠け」



今年上半期の直木賞受賞作を、早速読んでみた。

ウ~ン。視点が次々と替わるところや、ディテールの細かい描写は感心したし、それなりに面白かったが、テーマは「生まれかわり」という新味のあるものではないし、ラストのオチもそれほどのどんでん返しというわけでもない。

直木賞を受賞したのも、「他の作品と比べたら」ということかな?(他の応募作は読んでいないが)

★★★☆☆

# プロフィール

鈴木霞童

Author:鈴木霞童
平成25年、俳句結社「天穹」入会。
定年後に専門俳人になることを目指して修行中。

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