専門俳人を目指しています。俳句評論執筆のための文章修練、及び俳句実作。厳しい批評をお待ちしております。

# 二十四節気俳句生活

# 団十郎とは何者か

小林麻央さんが亡くなった。

このことは家族の間でも話題になったが、「成田屋」「市川宗家」「團十郎」「海老蔵」がどんな重みのある存在であるか、意外と理解していないことがわかった。

有体に言えば、「市川海老蔵」が唯の歌舞伎役者、と思っているフシがある。市川染五郎、市川猿之助、中村七之助、尾上松也とどこが違うのか、訃報のニュースを見ながら家族相手に一席ぶってやった。



本書は、先日聴きに行った「成田市歌舞伎講座」の予習のつもりで読んでおいた。
無論、読む前から「團十郎」が他の歌舞伎役者の名跡とは格が違う、ということは承知の上である。

「團十郎」の歴史は江戸歌舞伎の歴史と歩を並べており、且つ代々名優が育っている「奇跡の名跡」であることは知っていたが、本書によって代々の詳しい事蹟を知ることができた。

また、十一代目の起こしたトラブルの数々(当代の海老蔵も可愛いものである)も、高麗屋(松本幸四郎家)から養子に入り、「團十郎」の名跡の重みを直に感じたからこそ(これは襲名した者しかわからないだろう。「社長の孤独」と同じようなものかも知れない)のトラブルであったようにも書かれている。

それでも、十一代目もそうであるし、過去累代の團十郎もそうであったように、何があっても團十郎が團十郎足り得たのは、観客の熱狂的な支持である。
客が支持する限り、役者は(團十郎は)常に正なのである。
次代團十郎となる当代海老蔵があれほどの容姿、あれほどの存在感であの家に生まれたことも、「奇跡」ではなく「必然」であると感じるほどの歴史が、成田屋と、江戸歌舞伎の熱心な贔屓筋にはあるということである。

初代團十郎と、当代海老蔵の間に血縁関係は無いというのが一応の「公」の記録であるが、外で産ませた隠し子を養子に取ったりなど、昔の人は色々考えてやってる。「血縁は実はある」と考えたほうがロマンがある。

そして、「團十郎」のみが屹立していて「二番手」の名跡なり家なりがはっきりしないことも特徴として言えるはずである。
これは上方歌舞伎が江戸歌舞伎に吸収されたようになってしまっていることも原因の一つかもしれない。
中村歌右衛門なり尾上菊五郎なり、上方なら片岡仁左衛門、座元の市村羽左衛門ら、それから坂田藤十郎(それを言うなら吉澤あやめも、か)あたりが「その次」の候補になるのであろうが、代々が歌舞伎界に果たしてきた功績は團十郎には遠く及ばない。

そして当代の海老蔵は既に歌舞伎界の「顔」になりつつある。勸玄君には、是非今回の試練を乗り越えてもらいたい。

本書は今年3月刊行であるが、麻央さんの病状にも触れられており、「快方に向かっている」と書かれている。
執筆時期は少し前としても、そんな容態ではなかったはずだ。あるいはご本人が読まれることも想定してそのように書いたのか。

市川宗家も成田屋も「悠久」である。
勸玄君が團十郎を襲名するのは私は見られないかもしれないが、麻央さんに似た細面の優男に成長し、例えば「助六」を寺島和史君の「白酒売」と共に演じるとか、意外と荒々しい芸風がニンで「勧進帳」弁慶が当り役になるとか、そして次代は・・・と考えるだけでロマンがあるし、天皇家のように百代を数える頃にはどんな進化を遂げているのか、想像するだけで楽しい。

ちなみに、「團十郎」は先代が十二代目。歌舞伎役者には、もっと代数を重ねた名跡がある。
中村勘三郎、市村羽左衛門、守田勘弥がそうであるが、これは本来は座元の名前。(役者も兼ねることが多かった)
つまりは興行主であるから、かつては当代が欠けたら直ぐに次代が襲名した。名前を途切れさせなかったから、代数が多いわけである。対して役者は、それに相応しい力量を持つまで襲名しないため、座元の名跡ほど代数は多くはない。
今は興行主が松竹であるから、代数の差は開かない。
片岡仁左衛門はご承知の通り当代で十五代目だが、歴史上、代数を若干水増ししているようである。

團十郎はこれからも、歌舞伎名跡の頂点であり続ける。
子孫に真女形が現れたらどうするのか。あるいは勸玄君もお母さんが「まお」だから(?)「まおんながた」になるかもしれない。
女形の團十郎も、それはそれで良いではないか!

★★☆☆☆
よほどの歌舞伎ファンでも持て余すかも。歌舞伎を「文化」として捉える人にはお勧め。
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# 月9 101のラブストーリー


フジテレビの視聴率の低下、特にドラマの不振はジャイアンツの不振のように既にニュースになっている。

かつて「月9」と言われた月曜9時スタートのドラマは社会現象となるようなヒット作が生まれ、主題歌も大ヒットを記録した。
ここ数年、数字(視聴率)が取れずに苦戦していて、7月17日スタートの『コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命』(これは前二作がヒットした続編である)でどれだけ盛り返せるかが注目されている。

本書は、その「月9」の歴史、特に「黄金時代」であった「トレンディドラマ」から「木村拓哉全盛の時代」までのドラマタイトル一つづつ、当時の世相を交えながら述懐している。
決して「101」ものドラマを取り上げているわけではなく、単に『101回目のプロポーズ』と『東京ラブストーリー』を組み合わせて「101のラブストーリー」とつけただけとのこと。

さて、本書はこの私にとってはかな~り興味を引く内容であった。
巻末の「月9」一覧表を見ると、どれもこれも見ていたわけではないが、代表的な作品はそれぞれ思い入れを持って見ていた。
この「月9」の始まりの1987年、そして「トレンディドラマ」のスタートの1988年1月期のドラマは私は見ていない。ちょうど高校三年の大学受験期であった。
当時、「将来の夢はTVディレクター」と思い描いていた私は、都会的な雰囲気の大学(これが第一条件だった)に合格すべく勉学に励んでいた。

なんとか23区内の大学に潜り込んだ私は、都会的な雰囲気のアルバイト先を見つけ、都会の水、風に体を慣らしていった。
そんな時にテレビで大人気だったのが「トレンディドラマ」だったわけである。

アルバイトはいくつか経験したが、そのうち番組制作会社のADになることができた。「もう大学はどうでもいいや」と中退するつもりでいたが、制作会社と「局」の格差を知り、大学に戻って就職活動はテレビ局もキー局は全て受けたが、そう簡単には入れずに普通のサラリーマンとなった。

そんな私にとっての珠玉の作品たちが並ぶが、マイベストは1988年10月期の『君が嘘をついた』である。後に一世を風靡する脚本家・野島伸司のデビュー作。
時代は当然バブルであり、日本中が浮かれポンチだった「空気」を見事に反映している。とはいっても、いくらバブルといっても「乗れていない」人たちが大部分であり、そのあたりもドラマに盛り込まれている。貧乏学生だった私も、時には格好つけてドラマに出てくるようなお洒落なカフェバーで女の子とカクテルを傾けたりしたものである。

今日はかなり趣味性の強いお話でした。

(俳句との繋がりを無理矢理見つけるならば、トレンディドラマの代表的な俳優・三上博史は寺山修司の劇団「天井桟敷」での秘蔵っ子であり、寺山の没後、テレビドラマに進出した)

★★★☆☆
かなり読み手を選ぶ。「月9」や「トレンディドラマ」に思い入れのない人には興味をひく内容ではない。

# 君の膵臓をたべたい

ネタバレ無し

ベストセラーになっていたのは随分前から気づいていたが、タイトルが妙なので食わず嫌いでいたが、映画化されるというので読んでみた。

詠む前は、もっといいタイトルをつければもっと売れるんじゃないかと思っていたが、読んでみると確かにこの内容ではこれ以外のタイトルは思い浮かばない。

内容は、読みやすくてグイグイ引き込まれる秀作。
冒頭から、訳アリのヒロインから好意を示されてもそっけなくする主人公の言動や、物語が進んでもなかなか恋仲にならないことがかなり不自然に思えたが、リアリティはともかく、その理由は最後まで読めばきちんと説明されている。

リアリティといえば、物語全体も、細部も、「絵空事」感が強いが、文章の力強さと、登場人物の存在感がそれを補って余りある。

物語のテーマは、「人間同士の理解不全」、もっといえば、「コミュニケーション能力が高くても低くても、他者を通して自己を知ることは難しい」というものか。本文中の言葉を借りるなら「人間は相手が自分にとって何者か分からないから、友情も恋愛も面白い」ということになる。

物語の舞台は明記されていないが、博多からの距離感から岡山あたりか。作者の出身地は大阪のようだが。(映画のロケ地は滋賀県の模様)
ちなみに「住野よる」というペンネームから性別は判断しづらいが男性のようだ。女性かと思った。

やるとしたら演出が難しく(特撮やCGは必要ないが)、映画化が成功するような作品とも思えないが、怖いもの見たさで見に行ってみよう。
公開は7月28日。気になるヒロイン役は浜辺美波(写真左)という女優だが、私の読書中のイメージは飯豊まりえ(写真右)だった。
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いずれにしても、本文中の「クラスで3番目に可愛い」にはあたらない。クラスにいれば余裕で「一番可愛い」でしょう。どちらにせよ。

最後に、表面上は「男女の友情」を描いた風を装っているが、本質は恋愛小説と言っていいのだろうと思う。

★★★★★
ラストがちょっとグダグダしてスッキリ終わらないのがマイナス(9章と10章は半分以下の分量でよかった?)だが、オマケして星5つ。

# 病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日



先日に続いて医療政策の本。

要するに、診療報酬が全国一律である現状では、土地や人件費の高い都心の病院ほど経営が厳しく、地方はその逆であるということ。
言われてみれば確かにその通りだ。

しかし、そのことに対しての解決策よりも、「それ以上に喫緊の課題」として医師不足、特に首都圏でのそれについて憂いている。
逆にいえば、医師さえ確保できれば病院経営は「なんとかなる」のだそうである。

医師の偏在は西高東低であり、看護師も同様、これは医大や看護学校の偏在に起因しているという。

今年、成田に医学部が新設されたことについても触れられている。成田に新設が承認された理由について、「特区に限定して承認し、グローバルに活躍する医師を育成する」などというお題目は医師会などを納得させるための口実に過ぎず、最大の理由は千葉県の医師数が少なすぎることであると看破している。

また、医師を増やしても医療費の増加は限定的で、むしろ医師の労働時間が減ってより良いサービスが期待できるとのこと。

熊本地震では当地に医師・看護師の数が多かったことが功を奏したが、首都圏では・・・という問題提起もされている。

面白く、為になる本だが論点がやや散漫か。

★★★☆☆

# 日本の医療くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一



日本人に根強い「医療不信」に対するエクスキューズとして書かれた本書。
先ず冒頭、癌の手術後の5年生存率の国別比較により、日本がかなりの分野で世界一であることが示される。

そしてその後、18の角度から日本の医療について、世界、ここでは他の医療先進国、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・スウェーデンの5ヶ国との比較がなされている。
単に医療技術や保険制度に限らず、薬や介護についても比較されている。

日本と比較されることの多いアメリカの医療は、国民皆保険制度がなく「金持ち優先」となっていることはよく知られているが、最先端医療の研究が進んでいる理由はそのことだけではなく、無料であるが自己責任で安全性の確立していない治療法の治験を受けられることも理由の一つであるということ、またイギリスなど個人負担のない医療制度の国は、薬局と看護師に相談してからでないと医師による診断が受けられないなど決して医療が身近とは言えないことなどが、著者の豊富な経験に基づいて語られている。

結局のところ日本の医療制度は、中程度の負担で準高度医療の受けられる制度であり、誰でもある程度の高度医療の受けられる「世界でもっと公平な」国であると結論づけられている。

また、それは日本の医師の高負担により支えられていること、高齢化と医療費増大など問題点についても触れられている。

ご興味がありましたら是非お読み下さい。オススメです。

★★★★★

テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

# プロフィール

鈴木霞童

Author:鈴木霞童
平成25年、俳句結社「天穹」入会。
定年後に専門俳人になることを目指して修行中。

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