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佐倉義民伝

先日、歌舞伎座で「佐倉義民伝」を見た。
201810歌舞伎座
これは私の地元の話なので、前々から見てみたかったのだ。
201810義民伝

で、地元ということでその佐倉宗吾が祀られている宗吾霊堂に行ってきた。
201810宗吾霊堂 201810宗吾父子墓
本堂(左)と宗吾父子の墓(右)

201810一代記念館
ここの目玉は、なんと言っても宗吾の物語がパノラマとして見られる「宗吾御一代記館」である。
とはいっても、佐倉宗吾(木内惣五郎)の事蹟はほとんどわかっていないので、「一代記館」といっても歌舞伎(や講談など)のストーリーをなぞっているに過ぎない。
それで私は、今日は「一代記館と歌舞伎がどれくらい同じなのか」を検証するために来てみた。

今月、歌舞伎座で上演されているのは「甚兵衛渡し」「宗吾子別れ」「直訴」の場だけであるが、歌舞伎の舞台がそのまま一代記館のパノラマとなっていた。
やはりそうだったか・・・
しかし、ほとんど上演されることのない「通し狂言」のストーリーをたった700円で鑑賞できたのだから大満足であった。

小鳥来る宗吾一代記念館


ちなみに、宗吾は「直訴の罪」で、子供たちと一緒に処刑されたということになっているが、意外なことに江戸時代は直訴は罪ではなかったそうである。

昨年の天穹新年大会でご講演いただいた山本博文先生のご著書にそう書かれていた。


とはいえ、佐倉領内で惣五郎という名主が刑死したのは事実らしい(子供たちについては解っていない)が、その理由は、百姓一揆を首謀したとか、千葉家の再興に動いた(つまりは堀田家への謀反)などの説があるとのこと。

記録に残っている限りでは、佐倉藩での百姓一揆の首謀者の処罰は「永牢(無期禁錮)」、家族は「土地没収のうえ追放」だったそうである。

しかし、歌舞伎になる前から惣五郎は地元では伝説の存在だったわけで、何らかの理由で非業の死を遂げた英雄ではあったのだろう。


それから、「直訴は死罪」にしてもそうだが、「人柱」や「姥捨て」も事実としては確認できないらしい。
人というものは「昔は酷かったけれど今はよくなった」と思いたいものなのだろうか?
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初めまして

初めまして。
近くの麻賀多神社にたまに立ち寄ります。
記事を読ませていただき勉強になりました。

Re: 初めまして

雪乃さん

コメントありがとうございました。
惣五郎の所在、「公津村」の筈ですが何故か歌舞伎座の解説では「上岩橋村」になっていました。なぜ上岩橋??

雪乃さんのブログもじっくり読ませていただきます。
プロフィール

鈴木霞童

Author:鈴木霞童
平成25年「天穹」入会。30年同人。
定年後に専門俳人になることを目指して修行中。

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